わたくしの水戸時代

半年間の水戸勤務になりました。と書いてから、1年が経って、まだわたしは水戸にいる。何故だ?

当時の社長はしりぞき、その他もろもろ根本的な変更があり、もうなにもかも白紙になった。従業員は無力だ。という思いを噛み締めて暮らしていたのが去年。
この間、いままで自分が都会育ちと思ったことはなかったけれど、あれが都会だったのだ…と、自覚せざるを得ない。
結局僕なんかも都会育ちで ピコピコだった。

ただ、水戸はもちろん都会ではないけれど、何もないというほどではなくて、ときどき面白い店もある。ディープなソウルバーや、ジャズ喫茶、信じられないほど豪華な出演者が演奏するライブ会場もあった。林正樹、大儀見元、村上ポンタ秀一。水戸芸で観たのはスガダイロー、山下洋輔。陶器に関しては笠間や益子が近いので、東京や大阪でも手に入らないものを作家から直に買えたりする。

“好きな場所が一つでも見つかると、街ごと好きになるような、そういう幸福な出会いで、一人ひとりの地図ができていくのだと思う。”

これをCREA 東京ひとりガイド。「世界で一番楽しい街は東京でした」の巻頭エッセイに書いた松田青子にはロマンティックをあげたい。

いまはもう水戸の暮らしにもなれて、この環境でのスタイルも身についた。水戸、人がいねえ(笑)という初期段階のとまどいを経て、静かな町でおだやかな暮らしをしている。
足るを知り、物欲はしずまる一方。ただし酒の量だけは増えた。

そして2年目の水戸。まだしばらくは水戸です。