Closing Time/Tom Waits

トム・ウェイツのことを初めて知ったのは高校生の頃、藤原ヒロシのa little knowledeだった。そこで紹介されていた1stアルバム、Closing Timeを初めて聴いたのは、美大生だったころの同級生の家だったと思う。「へえこんなんもってるんや〜」と思いながら、特に親しくなることはなかったものの印象深い。20歳の自分にとってトム・ウェイツは老成した男であり、若者の背伸びしたい気持ちも満足させるような、酒と煙草と孤独を愛する夜の音楽であった。それがなんやかんやで20年。40歳の自分が聴くと、うわ、トム・ウェイツわっか!!!という具合であり、これはトム・ウェイツがトム・ウェイツになる前のトム・ウェイツやな。と酒で上気した顔でほざくようになった。20年の月日はさすがに人を変える。このあいだの金沢旅行では、スターになる前のトム・ウェイツがライブをした「もっきりや」で当時のことを店主からきいた。客は埋まっていて、オール55ではみなでシンガロング。そんな伝説的70年代の光景があったという。そんな話を聞いてすぐ出会ったClosing Time日本盤。京都河原町丸太町の「本とレコード」にて。

Closing Time/Tom Waits

10年ぶりの歯医者通い。3ヶ月9回におよぶ通院がやっと終わった。

神経痛の原因が奥歯にあるような気がして歯医者をさがした。大阪の歯医者は初めてだったので、近所のものを調べたらやけにレベルの高いサイトがあってとりあえずそこを選んだ。真新しい病院、最先端の設備、レントゲン室、大きなディスプレイ、ガラス張りの診察室、若い女の先生と歯科衛生士。フロントもほぼ女性スタッフであり、全員が自分より若い。京都の地元にいたときに通っていた歯医者は、小学生の頃から集団診察をしてもらったベテランの町医者の先生(男)だったので、その違いに不安を感じたり、歯科医院のレビューにいくらか不安を覚えたが通わないとはじまらない。最初のヒアリングをうけてレントゲン。初診で発覚した虫歯と親知らずの対策。これからのプランの提案を受けて一度通い出すともう否応なしに通い続けないといけない雰囲気になってしまった。まずは全4回におよぶ麻酔をした歯石取り。虫歯治療。この間、徐々に初期の不安はうすれ、そのうちに冗談を交えて話すような関係にまでなり、芽生えはじめた信頼感。ついに親知らずの抜歯を決意するまでになった。下の歯の抜歯はやはり難抜歯となり、うーんなかなか抜けないですね。グッ、グッ、うーん。だめだ。割って抜きましょう。と探り探りの様子が恐ろしかったが、強い麻酔をかけられたわたしは止めてくれ!というわけにもいかず、信じて耐えるしかなかった。その間、これからの人生、大きな病気をしたときにはきっと自分より若い先生に命を預けるのだろう。という思いにも浸った。抜歯は無事終わり、術後の手当がある程度終わった頃、続いて上の親知らずも抜いた。こちらはあっというまで手術もなし。これで10年ぶりの歯医者通いは3ヶ月9回で終わった。親知らずの抜歯や歯茎からの出血という長年の懸念事項からすっかり開放されたのは気持ちがいい。この間、友人知人に定期的な歯医者通いをしているか?と聞いてまわったところ、かなりの確率で通っているという返事があり驚いた。もちろん絶対にいきたくない。という人もいたが少数。私はもうすっかり歯医者の信者になったので、歯磨きのあとはフロスもするしこれからの定期検診にも通う。高額なインプラント治療は避けたいという老後を視界にいれたケアが始まった。

山名昇「寝ぼけ眼のアルファルファ」

誠光社での小西康陽新刊出版記念トークイベントでは、自分よりもさらに熱心な小西マニアの方にお会いし、見たこともないジンの存在を知ったりした。もちろん、編集者 小梶嗣 による小西康陽コラムボックスを持っているのは自分だけだろう。という自惚れも打ち砕かれた。すごいひとはいるもんや。
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でも、小西康陽「これは恋ではない」の読者なら誰もが気になったであろう書籍、山名昇「寝ぼけ眼のアルファルファ」についてはあの会場のマニアたちでさえ誰ももっていなかったという事実!(ほとんど流通してなかったよう)。これがあのトークイベントで一番の驚きだったのではないか。
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後日、わたしはそんな本をあっさり買うことができました。自慢。
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DVDは、本を見て「アルファルファ(笑)」と反応してきた彼女私物。

世紀末ウィーンのグラフィック@京都近代美術館

世紀末ウィーンのグラフィック@京都近代美術館みてきて買った図録と蓮根。コレクション展ではじめて知った京都の建築家 上野伊三郎(実家の近所にインターナショナルデザイン研究所創立してた!)、はじめて名前をしった水木伸一の中国の景色を描いた水彩画もよかった。こういう美術関連のまとまった話はなかなかネットではみないし、美術館からの情報は独自のものが多くて濃いなー。濃いわ〜

ボヘミアン・ラプソディをDOLBY ATMOSで観てきた

大ヒット映画、ボヘミアン・ラプソディをDOLBY ATMOSで観てきた。QUEENってそんな積極的に聴いたことはなかったので初めて知ることも多く、クイーンの有名曲はフレディの曲ばかりではなかったり、フレディは過去に女性と結婚していた、ロン毛だった、猫が好きだった、俺はクイーンのリーダーではないリードボーカルだ!とか記者に言ってみせたりするのは驚きがあった。

QUEENを最初に知ったのはフレディーがエイズで亡くなってからのこと。10代だった自分が最初に聞いたのは、NOW 1(!)の1曲目である伝説のチャンピオンではなかったか。we are the champions my friend。またCM曲としてI was born to love you も自然と耳にはいってきた。当時は大味でむさ苦しいものに思われあまりかっこいいという印象ではなかったしwe will rock you なんかは高校の授業中に足踏みをする奴らがうっとおしくて心底軽蔑しており、ダサいやつが聞いている音楽はダサい。つまりQUEENはダサい。とティーネージャー特有の潔癖さで断罪していた。

そんなちょっと距離をおきたい存在だったQUEENが再接近してきたのは書籍モンドミュージックで紹介されてたJAZZだった。という人は自分のまわりにはまあまあいるだろう(いるだろう!)。ムスターファの衝撃はいまだ色褪せず、京都のartrock(三条花見小路にあったころ)で200円で買ったJAZZはまだ手元にある。QUEENすごい。レディオガガはこないだ買いました。

6年ぶりに買い替えたiMac (Retina 5K, 27-inch, 2017)

去年末の100億円あげちゃうキャンペーン「paypay20%バック」のポイントがはいってきたのでいま電子マネーなら5万円分!ある。ポイント還元対象の上限である25万円分まで買った私は後年2018年を決済アプリ元年として振り返るだろう。買い物の内訳のほとんどは27inchのiMac (Retina 5K, 27-inch, 2017)。いまは家で仕事をしているわけではないので、RAWデータをストレスなく現像できる大きなディスプレイでしかない贅沢品なのだがやっぱり手元に制作環境は欲しくて。
以前つかっていたのは、わざわざ光学ドライブのついている旧モデルをオークションで落札した27inch Mid 2011(あのときすでに最新モデルのiMacには光学ドライブがなくなっていた)だったが、数年もたてばストリーミングサービス全盛の世の中となり、映像も音楽も納品データもディスクの存在はもはや過去のものとなった。Netflix、Amazon PRIME、Spotify、dマガジン、radiko.jp プレミアムと契約し、音楽、映画、雑誌、ラジオの新譜から旧譜までもうなんでもそこにある。我々はたった数百円で世界を手に入れた。そして世界を手に入れた私は退屈している。こんな体験も2018年のことだった。

0101駅のソバ

水戸駅北口すぐにある0101閉店のニュースを知った。最近は南口のエクセルに客を奪われてきびしそうであった0101だが、記事には46歳男性による「昔はよくデートしたり、プレゼントを買ったりしていたのでさみしい」…という言葉が添えられており、かつての繁栄を想像させる。この写真の豪華メンバーによるレコードもきっとそういう時代のもの。全国のマルイを全8番で紹介していく販促用非売品。もちろん水戸も歌詞に含まれる。

0101駅のソバ
作詞:石丸淳一
作曲:小林亜星
唄:小坂忠 シンガーズ・スリー
イラスト:和田誠

新聞 タバコ 駅の売店
マルイはみんな駅のソバ
電話はみんなマルイマルイ
柏 土浦 水戸 宇都宮
どうぞよろしく駅のソバ

水戸には1年4ヶ月住んだだけではあるけれど、この7番の地名には懐かしさを覚える。このレコードは水戸のレコードコレクターというかバーのマスターとトレードしたもの。今日は久しぶりに聴いてみた。

わたくしの水戸時代

半年間の水戸勤務になりました。と書いてから、1年が経って、まだわたしは水戸にいる。何故だ?

当時の社長はしりぞき、その他もろもろ根本的な変更があり、もうなにもかも白紙になった。従業員は無力だ。という思いを噛み締めて暮らしていたのが去年。
この間、いままで自分が都会育ちと思ったことはなかったけれど、あれが都会だったのだ…と、自覚せざるを得ない。
結局僕なんかも都会育ちで ピコピコだった。

ただ、水戸はもちろん都会ではないけれど、何もないというほどではなくて、ときどき面白い店もある。ディープなソウルバーや、ジャズ喫茶、信じられないほど豪華な出演者が演奏するライブ会場もあった。林正樹、大儀見元、村上ポンタ秀一。水戸芸で観たのはスガダイロー、山下洋輔。陶器に関しては笠間や益子が近いので、東京や大阪でも手に入らないものを作家から直に買えたりする。

“好きな場所が一つでも見つかると、街ごと好きになるような、そういう幸福な出会いで、一人ひとりの地図ができていくのだと思う。”

これをCREA 東京ひとりガイド。「世界で一番楽しい街は東京でした」の巻頭エッセイに書いた松田青子にはロマンティックをあげたい。

いまはもう水戸の暮らしにもなれて、この環境でのスタイルも身についた。水戸、人がいねえ(笑)という初期段階のとまどいを経て、静かな町でおだやかな暮らしをしている。
足るを知り、物欲はしずまる一方。ただし酒の量だけは増えた。

そして2年目の水戸。まだしばらくは水戸です。