わたくしの水戸時代 2016.7 – 2017.11

半年間限定の水戸勤務になりました。と書いてから、1年が経って、まだわたしは水戸にいる。何故だ?

当時の社長はしりぞき、その他もろもろ根本的な変更があり、もうなにもかも白紙になった。従業員は無力だ。そんな思いを噛み締めて暮らしていたのが去年。
その間、自分が都会育ちと思ったことはなかったけれど、これまでのあれが都会だったのだ…と、自覚せざるを得ない。結局僕なんかも都会育ちで ピコピコだった。

ただ、水戸はもちろん都会ではないけれど、何もないというほどではなくて、ときどき面白い店もある。ディープなソウルバーや、ジャズ喫茶、ヴィンテージオーディオショップ、信じられないほど豪華な出演者が演奏するライブ会場もあった。林正樹、大儀見元、村上ポンタ秀一。水戸芸で観たのはスガダイロー、山下洋輔。陶器に関しては笠間や益子が近いので、東京や大阪でも手に入らないものを作家から直に買えたりする。器好きなら笠間の火祭りは遠方からでも訪れる価値があるとお薦めしたい。

好きな場所が一つでも見つかると、街ごと好きになるような、そういう幸福な出会いで、一人ひとりの地図ができていくのだと思う。

これをCREA 東京ひとりガイド。「世界で一番楽しい街は東京でした」(2015年3月号)の巻頭エッセイに書いた松田青子にはロマンティックをあげたい。

いまはもう水戸の暮らしにもなれて、この環境でのスタイルも身についた。水戸、人がいねえ(笑)という初期段階のとまどいを経て、静かな町(赤塚)でおだやかな暮らしをしている。
足るを知り、物欲はしずまる一方。ただし酒の量だけは増えた。

そして2年目の水戸。まだしばらくは水戸です。