昼から自転車で心斎橋のほうへ。スタンダードブクストアで「若林恵/さよなら未来」と、3個で1000円になっていたメイソンジャーを買う。レッドボーンでは薦めてもらった「STEPHEN WHYNOTT / From Philly To Tablas」を。amazonで花狭も買っておく。夕食はトマトの缶詰をつかったそうめん。さっぱりしていていける。

日曜日。外に出ることなく、一日中部屋で過ごす。読書と整理。クランプ付きのアームライトをオーディオラックに装着して手暗がりだったターンテーブルを照らせるようにした。玉ねぎをバターとクミンで炒めてつくるカレーも鍋いっぱいに作る。

連休初日の土曜日。出社とほぼ同じ時間に起きて京阪にのって京都の美容室へ。パーマの間、長く話した中で一番盛り上がったのはB’zの話。riskyと言われれば、where do you go と答えてしまう。テッテッ テレテッテ テレレ♪ 昼食は同じ建物の1Fのレストランで真四角の陶板にのせたのランチ。初対面の店主とは町内が一緒でわらった。あのエロ本屋で注意された思い出を共有するなど思いがけない昔話。実家で韓国土産を渡したあと、はちはちと下鴨古本市に立ち寄って、祖母の墓参り。久しぶりにモンタージュにも立ち寄り長く話す。

停車中のタクシードライバーに歐米系の観光客が are you waiting for someone? と尋ねていた。someone?

連休前ということで、今日中に印刷データを渡したい。と各所から依頼され、ひさしぶりに遅くまで作業。アイデア一発で進めるような広告もあり瞬発力を求められたがキャッチコピー5種考案とデザインまでワンストップで華麗に決める。ボツ案キャッチは「さっぱりすっきりサワー♪」のみ。納期を確認していると、オンラインの印刷会社もお盆休みは休みのところが多くて、そりゃそうだよなわたしは9連休だし。と思いつつも、プリントパックはやはり違った。ここはよく使っているけれど、色んな意味で一味違うしやはり印刷機での死亡事故のことは忘れられない。
今晩は疲れたので外食。近くのうどん中心の居酒屋で、天ぷらうどん。うどんの茹で汁と醤油と鰹節の出汁もなかなかいける。昼休みに買ったドウダンツツジの枝を部屋に飾る。

今晩はお好み焼き。豚バラを贅沢に敷き詰めたのがよかった。七星ソースはやはりおいしい。ビールを飲んだあと飲んだワインもお好み焼きと合う。こんな調子で今晩も食費が酒代を上回った。昨日届いた収納ボックスに冬の衣服を詰めて収納スペースの整理。

夕食は山芋をすりおろしてとろろぶっかけそうめん。トマトときゅうりの角切りの塩あえに卵黄をのせて、さらに揉んでちぎった韓国のりをトッピング。とろろは全部飲んでしまうので味付けは薄めがよい。食後はくさりかけた半額の桃をつかったカクテル。GINと炭酸水と氷でそれらしいものができて楽しい。果実の確かな香りと透き通った甘み。夜、LOHACOから無印良品のポリプロピレン頑丈収納ボックス・特大が2つ届く。

昨日から少し暑さが和らぐ。定時退勤。彼女は映画にでかけたので、ここぞとばかりに夕食は自宅で山盛りの生野菜を食べる。レタス半玉、きゅうりとトマトの角切り、シーチキン、ハム。友人から薦められて「韓国歌謡史II 1895-1980」を購入。やや高額ではあるがここにしかない内容に違いない。たまりにたまったヤフーマネーでポリプロピレン頑丈収納ボックス・特大も2つ購入。深夜便だと明日の平日着でもうけとれるので便利だ。ヤフーマネーについては使えるところを調べたけれど、使えるのはヤフオクとLOHACOのみとおもってよさそう。タワーレコードのようにヤフーウォレットは使えるがヤフーマネーは使えない。という引っ掛けには注意だ。

エアコンはつけっぱなしのほうが安いという説を信じて7月からエアコンは24時間稼働させているけれど、今朝のニュースではまた違う意見が台頭してきて戸惑う。もう今月の電気代を見て何を信じるのかを決めるしかない。

外出時のエアコン「つけっぱなしが節電」のボーダーラインは「35分」!!

仕事で残った大量のきゅうりの一部を持ち帰り、サラダにしたりキムチにしたり顔に乗せたりした。LOHACOから深夜便が届く。

日曜日。昼から自転車で15分、シネ・ヌーヴォへ。金秀吉監督「君は裸足の神を見たか」をみてきた。秋田の情緒ある街並みと深い雪、単線列車。30年前の日本の景色の中に今も変わらないカリモクのソファとローテーブル、日清の小麦粉、そして出川哲朗(横浜放送映画学院卒!)のデビュー作でもある。すでにあの上滑りするような軽薄さを備えているのが面白いが、存在感のある端役としてだけでなく制作進行のクレジットもされていることが意外な発見。この古典的な青春映画は、横浜放送映画学院が日本映画学校になる記念に作られたという背景もあってか、すごく基本に忠実な生真面目なものにも写る。当時、監督はまだ20代前半。上映後のトークではフィルムで観れたことに喜ばれていたところまでは映画の印象を受け継いだものだったけれど、ここからの話しぶりはとても饒舌に脱線を繰り返し、撮影時のエピソードを語る様はまるで大阪の漫才師!。洞口依子の若い色気は伊丹十三のタンポポでも牡蠣を食べさせるシーンで継続していたことも知る。