風邪を引きはじめる。生命保険の営業話を聞いている場合ではない。退勤後はジムで風呂だけ入って帰宅。夕食は彼女作のキムチチャーハン。

先週訪れた金沢の大関に大阪の友人が行っていて驚く。やはり有名な店なのだ。そして月曜日はおでん半額の日!。うらやましい。

連休最終日の月曜日は一日中家ですごす。夕食は中国産火鍋スープの元が手に入ったのでひさしぶりに豆乳そうめんをつくったが、辛い。おいしいが、辛すぎた。辛すぎたので残したスープは薄めてウェイパーと卵で味付けしたものを夕食へ。日本にローカライズされていないものを食べると、中国、韓国、日本の共有できない深い食文化の独自性がみえてくる。

台所の油汚れの掃除。ゴム手袋をせず雑に洗剤をつかったので指先が肌荒れ。毎度非常に面倒である。

夕方からは、自宅から徒歩圏の大阪フェスティバルホールで山下達郎のライブ(2度目の幸運)!。MCでは昨今の社会情勢にも触れつつも幸福感に満ちた3時間のエンターテイメントは長丁場であっても余裕すら感じられる山下達郎66歳。もはや誰も登れない山の頂点に君臨する聖人。娘とモスバーガーに行った話や、かつて大滝詠一らと一緒にカラオケにいったときのエピソードなど、庶民的な面も見せるが、現実感はない。シティポップの再評価には「長生きはするもんだ」と好意的な反応を見せるちょっと丸くなった山下達郎。でも「大きなアリーナではやらない」「本は書かない」「テレビに出ない」という昔からのポリシーは継続中。新しくなったフェスティバルホールでの最多出演者は山下達郎なのだという。

夕食は近所の焼き鳥屋なかおで。パリから旅行にきていたフランス人カップルと彼女がフランス語で少し話。彼はゲンズブールが好きというので私は「リラの門の切符切り」を歌ったら通じて満足した。気を良くして、わたしはフランス語を知っています。メルシー、モナムール、メルド!と英語で言ってみたら、メルドって日本語でなんていうの?というので、うんこ!と教えて差し上げた。ギャハハ うんこ! メルド! メルシー!。大阪滞在の次は沖縄へ移動するという。閉店まで飲んだ日曜の夜。

朝、実家から歩いて「はちはち」へ行ったら早すぎてコンビニで時間をつぶす(パン屋には珍しく遅めの11:30オープンなのだった)。母親とフードコートでしばらくすごす。パンはいちじくのカンパーニュとコリアンダーのライブレッドを購入。店主と常連客と2歳の娘としばらく雑談。出町柳のうさぎの話をしていたら、閉店を決めた店主がこれからはちはちでパンを焼くという思いがけない話を聞く。バスに乗って河原町丸太町で下車。誠光社で佐世保の友人に頼まれていた買い物を済ませ、隣のアイタルガボンで食事。それから少し歩いてドレス・コード?――着る人たちのゲーム | 京都国立近代美術館へ。

有給休暇を取った金曜日。4連休の始まりは、京都へ。いつもの店で散髪をすませ、ラボラトリオで食事。他愛のない雑談のつもりだったが、店主は今病気で休んでいるという。あんなに元気な人だったのに。100000t、ワークショップ、本とレコードでたくさんのレコードを買い、夕方から近所の幼馴染とファミレスで15年ぶりくらいに会って、近況などを話したあとに保険の営業を受ける。うう、ああ、ええ。夜は実家のママチャリに乗って元田中ザンパノへ。千葉広樹とテンポラリ(吉田省念) のライブ。

ママチャリをこぎながらみる地元の景色は10代の思い出。この視線の高さ、スピード、身体に触れる風の強さ。

雷雨の予報がでていたが、運良く避けて帰宅。エステの現場を見学する。

また新たにビジネス用Instagramアカウントをつくる。社内でこれだけを運用していればいいという地位をめざしたい。新規のロゴ制作はブランドストーリーも練り上げ校了。

金沢2日目。21世紀美術館は朝の開場直後から激混みでチケットを買うだけで50分待ち。でも実は事前にコンビニで発券できるというのはもっと知られてもいい。来場者のほとんどは21世紀美術館のブランドに魅せられてきた若い人がおおく、展示内容と客層の筋がそぐわない雰囲気があるが、興味を持っていない人にも未知の世界を見せることができる美術館の価値は、あとあとになって効いてくるもの。

「粟津潔 デザインになにができるか」。粟津潔について、もういちど興味を持ったのは、篠田正浩監督の映画で人形浄瑠璃などの美術担当していたことがきっかけ。それまでは強い興味をもつことがなかったのは、ベン・シャーンや横尾忠則、杉浦康平などの粟津潔が影響を受けたアーティスト、作家、デザイナーを知るにつれ、そちらほうが面白く感じられ、粟津潔はヴィジュアル表現の革新者というより当時の流行を後追いしたものとして映るようになっていたから(粟津潔は1929年生まれというのに!)。2019年の視点からみると、オリジナリティがあるようなないような、作品単体での印象ではその他多くの亜流に見えてしまっていた部分が自分にはあったところに、「社会をいかにデザインするか」という視点から、粟津のデザインの本質を明らかにするもの。という展示会の切り口は、これまでの見方を一新するものであった。図録があったらぜひ買いたかったが今回はなし。でも粟津潔作品にはまたすぐに出会うだろう。

2週続けて旅行。サンダーバードにのって彼女と4年ぶりの金沢へ。始発の大阪から終点の金沢へ。金沢駅は東京から新幹線で来た人と合流してたいへんな賑わい。どこへ行っても人が多いのだろうな。という気がしていたが、地元の友人におしえてもらった食事・喫茶ニワトコはお昼時というのにも関わらずおどろきの静けさ。窓際の席でゆっくりと食事ができた。対象的に、向かいのお店では年に一度のセールというので大変な賑わいを見せ、通りに面した駐車場の入れ替わりも激しく入れ替わっていた。車はすべて金沢ナンバー。地味そうな書道のお店が何故?。食後、ふらふらと立ち寄ってみた文真堂というお店は、おそろしく高級な紙や硯を扱う、間違いなく日本トップクラス品揃えを持ったところであった。1万円以上する用紙が飛ぶように売れている。こんなものを買う書道家が金沢にはたくさんいるのか。この熱気に押され、われわれもついつい書道初心者セットをそろえてしまう。書道の紙は湿度の関係で、鳥取など、一部の地域でしか生産できないそう。そんな若い男性営業の熱意に溢れた話もおもしろく、笑いもはさみながら長々と聞きいる。20万円くらいする硯の価格の理由も教わる。この業界はもう廃れていくだけの斜陽産業ですよ。という疲れた白けた老人の言葉が聞こえてくるかと思っていただけに、鮮やかな衝撃。
レジにはお買上金額ごとのプレゼントが掲示されており、最上位のものはすき焼き2人前。対象金額は10万円以上。5万、3万と続くが、これだけでもお店の客単価を伺わせる。

退店後は、前回閉店直後で行けなかったCazahanaへ。外観の雰囲気も味わい深いこの古い建物はもとは旗を作っていた場所とのこと。内装の演出も空間をたっぷりつかった贅沢なもの。花の飾り方も真似したくなるようなものばかり。店主によると近所でひろってきたものも含まれているという。商品は好みのヴィンテージ品が山盛りで、ああ金沢旅行は早くも買い物旅行になりつつあるな。と思いながら、九谷焼の小皿と花生けにも使えそうなドイツのガラス器を買う。

夜はCazahanaで教えてもらった大関で軽く飲んでから金沢の友人家族と一緒に食事。3人の子供も一緒に深夜まで過ごす。