仕事終わりに、妻と天神祭へ。コンビニで買ったビールとまんぷくベーカリーのパンを食べ歩きながら天満宮まで歩いていく。いつでもどこでも見るおなじような屋台、遠くでなりひびく花火、浴衣の若者。若者が多い。祇園祭と比べて圧倒的に老人が少ない。南森町まで来たので、コメノハナで焼酎と日本酒を1本づつ買って帰る。

商店街のそば屋で相席になったおじさんと話がもりあがり、2人分ごちそうしていただく。こんな日は珍しい。

阪急宝塚線にのって池田へ。はじめて大衆演劇を満席の呉服座で観た。
大衆演劇とはなんなのか? 予備知識無しででかけたので、アップダウンの激しい三部構成に衝撃をうけことになった。
昼の世界にもまだまだ知らないものがある。

客層は派手なファッションに身を包んだ高齢女性がメイン。ヘアスタイルやアクセサリーも同様。ただ、開演前は常連同士でお菓子を交換したりして気取ったところはなく賑やかである。この熱気に包まれながらも緊張感はない。という独特のムードがまず新鮮であった。

はじまった一部は想像していた通りの義理・人情を主題とした時代劇芝居。音声や照明、美術などすべての必要最小限にとどめており、ここでだいたいの規模感がしれた。強烈な印象をのこすほどのことはない。
二部ではさっきまで演技していた役者のスイッチは切り替わり、素の表情を見せ庶民的な年寄りネタで笑いをとる。このあたりで劇場内はすっかりリラックスしたムードになり、このまま終わるかとおもわせるほどだったが、第三部の舞踊こそが最大の見せ所であった。ド派手な衣装に身を包んだ役者が一人づつ、エグ味のある音楽で舞い、役者と観客が現金を通じて交わり合う‥。つぎつぎと役者の身体に差し込まれていく万札、多い人は20万はあっただろうか。こんな行為が延々と続くので、さすがに圧倒されてしまった。6人くらいのローテーションで衣装やメイク、音楽を変え、なんどもなんども舞う。熱狂的な人はなんどもなんども万札を持って小走りで役者のほうへ歩み寄っていく。あの人たち一体いくらつかったのだろうか‥ しかも大衆演劇という世界は熱狂的な追っかけによって支えられている部分が大きいようで、毎日毎日同じ人がたくさん来てくれているとのこと。いくらなんでも毎日あの額を使うことはできないだろうが?!。大衆演劇の入場料自体は2500円程度と安いが、それで劇団がやっていける理由がわかった。

‥会社ではいつもとなりに元大衆演劇座長が座っている。

5月30日から6月9日までは長期休暇を取った。妻の弟の結婚式のために8日間韓国に滞在。それから名古屋で2泊3日という旅。
韓国は自分たちの結婚式(2020年)以来で4年ぶり。その間、韓国語の勉強をはじめたので、その成果が試される機会でもあった。
たくさんの親しい人たちに会い毎日酒と韓国語を浴びまくる。

韓国内の行き先はデグ、スウォン、チョンジュ、トンヨン、プサン。これら地名を現地で読むことはできるようになったが韓国語で書くのは難しい。
初めて食べたたべもので美味しかったのはうなぎのスープ、ジャンオタン。

グラスは大関
家でリモンチェッロを二杯。これから暑くなってくると、ますます愛飲しそうな酒。これは安いものなので人工的な味がするが、なかなか売っているところはない。

15年以上前の太田和彦の本を読んで歴史ある居酒屋の魅力を追体験していたが、いまの様子を調べてみたらずっと同じように存在し続けることの難しさを思い知ることにもなった。

昼は近所の公園で花見イベント。能や謡、和太鼓のパフォーマンスを観た。近所の人だけがあつまってくる無料イベントなのでなんのハードルもない。客層の傾向も年齢の偏りもない集団、その景色は平和的である。
クリーニング店で冬物の洋服を引き取り、夕方からは梅田方面へ。妻のプレゼントを買い野外でかるく酒を飲んだあとはT・ジョイ梅田へ。クリストファー・ノーランのオッペンハイマーをドルビーシネマでみた。3時間ある伝記映画ときいていたので酒気帯びだったわたしは寝るとおもっていたが、ずっと緊張感の続く音と映像でそうはならなかった。すごい。

退勤後、大川で花見。ビールと日本酒と소주。あてはポテトチップスと干物。公園でブルーシートを広げたひとたちはたいていランタンまで用意していて感心する。たしかにあったほうがいい。帰りはラーメン屋で食べて帰る。

午後休み。衣替えとキッチンのダクト掃除。そして先延ばしにし続けていた大腸ポリープ切除の予約をした。
桜の花がひにひに開いていく。

京都の老舗のレコードやブーツィーズが店主の体調不良により閉店したと聞く。桜が咲き始めた。

三浦哲哉「映画とは何か」がとどき、読み始める。ジャン パンルヴェ Jean Painlevé を知り、YouTubeで観た映像は音楽がダリウス・ミヨーであったりピエール・アンリと知っている人との接点があっておもしろい。

友人にレコードを貸すために送る。マヘル・シャラル・ハシュ・バズの3枚組。

韓国語の講師が変わったことでの生徒の戸惑いがまだ大きい。ひたすら勉強というスタイルになり、コミュニケーションの要素はたしかに減った。
生徒の中でいちばんよくできている方が楽しくないどうしよう。と話していたのは意外な反応であった。授業の進行がぬるい、もっとペースを上げてほしいと思っていてもおかしくなかったので。大事にしているポイントは本人に聞いてみないとわからないものだと感じた1件。なんでも思い込みはよくないと、ジムで泳ぎながら反芻する。